創基150周年に考える、大学の「始まり」
北海道大学は今年、創基150周年を迎えており、これまでにもさまざまな記念行事が行われてきました。先週、大学院保健科学研究院においてもハルニレの植樹が行われました。
学術の分野において、150年という月日は、長くもあり、短くもあります。
コッホが炭疽菌によって炭疽が引き起こされることを実証したのも、1876年のことです。医学の歴史を振り返ると、それほど遠い昔の出来事でもないような気がします。一方、先日退職されたとある先生が「学生の頃から50年近く北大に所属していた」と仰っていました。その先生が学生時代から退職まで過ごされた歳月の、さらに3倍に当たるのかと思うと、やはり相当に長い時間なのだとも感じます。
さて、こうした節目に接する中で、少し気になっていることがあります。
大学の歴史は「どこから数えるのだろうか」ということです。
私の母校である英国のクイーンズ大学ベルファストは、1845年にビクトリア女王の勅許を受け、Queen’s College Belfastとして設立されました。在学中にも、この「1845年」という創立年を、さまざまな機会に耳にしました。
ただし、独立した大学となったのは1908年です。母校も、現在の大学として独立した年ではなく、それ以前のカレッジの設立を歴史の起点としているわけです。私自身は在学中、「創基」という概念をあまり意識していませんでしたが、振り返ってみると、ここにも異なる「始まり」があったといえるでしょう。
一方で、私は最近、大学の歴史を考える際に、「大学として、いつ、どのように成立したのか」という制度上の区切りを、かなり強く意識していることに気付きました。つまり、古くから続いていることだけでなく、「大学になる」という変化そのものに関心を抱いている、もっというと、大学であるということにある種の価値を置いている自分がいました。
北大の場合、札幌農学校の開校が1876年、東北帝国大学農科大学となったのが1907年、そして北海道帝国大学として独立したのが1918年です。それぞれに意味のある節目であり、「創基150周年」は、そのうち札幌農学校の開校を起点としています。
したがって、札幌農学校から現在の北大へと続く歴史を考えれば、そこから150という年数を数えることにある程度の意義はあると思います。「創基」という言葉も、現在と同じ形の大学が150年前から存在していたという意味ではなく、今日につながる組織の出発点を示しているのでしょう。
一方で、私自身は「創基150周年」という言葉に、同時に、わずかな引っかかりも覚えています。これはつまり、大学へと至る歴史と、大学として歩んできた歴史とを、もう少し分けて考えたいという気持ちがあるからなのかもしれません。私としては、当時の教育研究の内容と、組織の制度的な位置づけとは、別に考える必要があるのではないかと思うのです。前身からの連続性を大切にする以上に、「大学となったことで何が変わったのか」により目を向けたいと思います。
ということで私としては、1876年よりも、むしろ1907年という年が気になりますね。
札幌農学校が、東北帝国大学農科大学となったことで、教育や研究のあり方、組織の役割には、どのような変化があったのでしょうか。それまでの農学校から何を受け継ぎ、大学として新たに何を担うようになったのか。名称が変わったというだけでなく、その前後で何が変わり、何が変わらなかったのかを知りたいと思います。
周年というものは、積み重ねてきた年月を祝う機会ですが、こうした変化を振り返る機会でもあってよいのではないでしょうか。私としては、北大の歴史を考えるうえで、1907年にも、もう少し重みを置いてはどうかと感じています。
来年2027年は、その1907年から120年に当たります。創基150周年に続いて、「大学昇格120周年」という節目を記念してもよいのではないでしょうか。
150周年を120周年に数え直そうという話ではありません。
ただ、同じ大学にも、異なる意味を持つ節目があるということです。札幌農学校から続く150年を振り返るとともに、大学として何を受け継ぎ、北海道大学として何を果たしてきたのかを考えてみる。そんな記念の仕方にも、意味があるように思います。
創基150周年を迎えた北大に身を置きながら、私は少し先の「120周年」のことも考えています。
(文責:福永)

.png)




コメント