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Fukunaga Lab
Department of Biomedical Science & Engineering
Faculty of Health Sciences
Hokkaido University
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6月を迎えて:何がために生きるのか
大阪への出張の折、大阪中之島美術館で高島野十郎の画をみました。 高島野十郎は、東京帝国大学農科大学水産学科を首席で卒業した後、独学で絵の道に入り、画壇との付き合いを避け、独身を貫いた孤高の画家です。 まさに「不娶 寡欲 画道専一」の人ですね。 写実的かつ神秘的な名画を数多く遺しましたが、生活のために売るようなことはせず、親しい方々にただ恩返しに贈っていたそうです。描くことが決して生活の手段ではなかったからでしょうか、彼が遺した絵は、ただ、美しいと思いました。 帝国大学を首席で卒業するほど優秀と目されていたにもかかわらず、晴耕雨描と呼ぶべき質素な生活を送り、金や名声など求めずにひたすら絵の道を追究したという意味では、一般的には変人の類だといわれるかもしれません。 しかし、そのある種の透徹した美しさに対して、私はたいへん感銘を受けました。 何がために生きるのか。 おそらくは高島野十郎の生涯にも様々な葛藤があったと思われますが、それでも彼は単純明快に画道専一に生き抜いたといえるでしょう。私のような欲に塗れた凡愚には、彼のようなひたむきさと潔さは到底持ち
5 日前


第63回日本放射線腫瘍学会生物部会学術大会(@岐阜)
5月15日から16日にかけて、JR岐阜駅前のじゅうろくプラザで開催された第63回日本放射線腫瘍学会生物部会学術大会・第54回放射線による制癌シンポジウムに参加しました。 私たちのグループの研究シーズである「精子形成可視化マウス」の紹介をさせて頂いたのですが、残念ながら、聴衆の反応ははっきりイマイチであり、結果としてちょっとした岐阜旅行という感じになってしまいました。ただ、情報交換会の場で、他機関の若手研究者の方々とすこし交流の時間を持てたのが救いでしょうか…。 今大会の発表内容の質は、正直、ピンキリであり、学部生の発表練習のようなものから、中堅・シニア研究者による奥深い研究の紹介まで様々でした。とはいえ、質疑応答も活発であり、いずれの発表も聴いていて面白かったです。これらの中には勉強になる点も多く、今後の自分たちの研究アプローチにも採り入れられるかもしれないと思わされることもありました。 私自身はかつて放射線治療の臨床にも携わっていましたが、昔と今ではだいぶ様相が異なっていることもあり、最近、臨床医としての感覚を忘れがちでした。今回の質疑応答、と
5月17日


5月を迎えて:世界に挑むということ
日高山脈のふもと、浦河町にある広大な牧場。 その片隅で、小柄な鹿毛馬がゆっくりと草を食べていました。 ナカヤマフェスタ――かつて世界の頂点に最も迫った日本馬です。 毎年10月にパリのロンシャン競馬場で行われる凱旋門賞。 この世界一のレースには、クラシック三冠馬のディープインパクトを含む、錚々たる日本馬がこれまで挑んできました。たとえ競馬ファンでなくとも、あのディープインパクトが失格してしまったこと、暴君オルフェーヴルが2年連続で2着に終わったこと、そして1着で駆け抜けた日本馬が依然として輩出されていないことは知られています。 その凱旋門賞の栄冠にあと僅かにまで迫ったのが、2010年のナカヤマフェスタでした。 ディープインパクトやオルフェーヴルのように、クラシック三冠や有馬記念などの有名な国内G1レースを総なめにして、鳴り物入りで世界に挑戦したわけではありません。そもそも高値で売買されたわけでもなく、周囲からの期待もそれほど高くはない、目立たない競争馬だったそうです。 しかし、この小柄な馬は、宝塚歌劇団とパリが好きだったという、前年に亡くなられた馬
5月5日


JRC 2026(@横浜)
4月16日から19日にかけて、パシフィコ横浜で開催されたJRC 2026(第85回日本医学放射線学会総会・第82回日本放射線技術学会総会学術大会・第131回日本医学物理学会学術大会)に参加し、日本医学物理学会の教育講演を担当させて頂きました。たいへん光栄な機会を賜りまして、座長の岩手医科大学の家子先生はじめ日本医学物理学会の大会関係者の先生方には謹んで感謝申し上げます。 教育講演でご説明した空間分割放射線治療(SFRT)は、私が大学院生だった頃から取り組んできたということもあり、個人的に思い出深いテーマです。取り組み始めた当初はまさか日本医学物理学会で教育講演をさせて頂く日が来るとは思いませんでした。 最近、私たちのグループで開発し、発表した遺伝子組換えマウスによって、SFRTの生物学的基盤について色々と面白いデータが蓄積してきたこともあり、近いうちに良い論文が書けそうな気がしていたところでした。ある意味で、ちょうど良いタイミングだったのかもしれません。 振り返ると、個人的に意外だったのですが、横浜で開催された学会で私が発表するのは約10年ぶりの
4月19日


4月を迎えて:2026年度のはじまり
本日から新年度が始まりました。私自身はスギ花粉に悩まされる時期でもありますが、本年度は健康第一を心がけつつ、研究・教育活動に取り組んでまいります。 不透明性を増す国際情勢を踏まえると、私たちも急激な変化の影響を受ける可能性は否定できず、研究に集中することが難しい局面もあるかもしれません。 それでも、目の前の課題に一つひとつ向き合い、できることを着実に積み重ねていきたいと今は考えています。 本年度も基礎的な放射線研究の着実な推進とともに、学際的な視点を取り入れた取り組みを重視していきます。特に、放射線の次世代影響に関する研究を重要な柱の一つと位置づけ、その機序解明と評価手法の高度化に取り組みたいと思います。加えて、国際的な放射線防護の枠組みへの貢献も視野に入れ、国際放射線防護委員会等の活動を通じた知見の発信にも努めていきます。 新たに加わったメンバーを迎え、研究室全体としての活力も一層高まることを期待しています。それぞれの強みを活かしながら、互いに刺激し合い、着実に成果を積み重ねていければと願っています。 本年度も、皆様のご理解とご支援を賜りますよ
4月1日


令和7年度卒業式を終えて
卒業の季節です。私たちの部局でも25日に卒業式(学位記伝達式)を行い、多くの卒業生を送り出すことができました。当研究室の卒業生たちも、医療従事者として、新年度から社会へ飛び立つことになりました。 私自身、医師として未熟な頃(いまでも成熟しているとはとても言えませんが)に勤務先の病院の看護師さんや診療放射線技師さんに色々と教えて頂いたことがありました。とくに医師不足が顕著な医療過疎地では、先輩医師から教わることと同じくらい、コメディカルスタッフの皆さんから教わることがありました。 だから、今、私が医療従事者とくに診療放射線技師の育成に携わっているのは、「恩返ししたい」という想いが一番の原動力です。 本年は、福島第一原子力発電所事故から15年という節目にあたります。 この年月は、放射線に関わる専門職に求められる役割と責任を、社会に改めて問いかけ続けてきた時間でもありました。私は、その中で放射線の正確な理解と適切な運用を担う人材の育成を使命として、教育・研究に取り組んできたつもりです。 その想いが、すこしでも、卒業生の方々に伝わっていれば良いなと願って
3月26日


東日本大震災から15年
あの日から15年が経ちました。 東日本大震災により尊い命を失われた多くの方々に、心より哀悼の意を表します。また、被災されたすべての皆さま、そして長い年月にわたり困難と向き合い続けてこられた方々に、深い敬意とお見舞いの気持ちを表します。 東日本大震災は、私たちの社会に計り知れない影響を残しました。 同時に、災害、環境、そして健康との関係について、科学が果たすべき役割の重要性を改めて問いかける出来事でもありました。震災の記憶と教訓を決して風化させることなく、未来の世代の安全と健康を守るために何ができるのかを問い続けることが、私たち研究者に課された責務であると考えています。 当研究室では、人の健康と環境との関係を科学的に理解し、社会に還元する研究を通じて、より安全で持続可能な社会の実現に貢献することを目指しています。震災の記憶に思いを致しながら、科学の力によって未来に希望をつなぐ努力を続けてまいります。 あらためて、震災で亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。 (文責:福永)
3月11日


3月を迎えて:春遠からじ
一月往ぬる二月逃げる三月去るとは言いますが、あっという間に3月を迎えることになりました。日本では別れの季節ですね。 学生時代から若手研究者時代にかけてお世話になった先生方の多くが、今年度末に定年退職される予定です。とくに母校の最終講義の予定を見ると、やはり色々と思うところがありました。当時たいへんお世話になったにもかかわらず、聴講に行くことができない不義理をどうかお許し頂ければと願うばかりです。 また、英国では、大学院博士課程の指導教官も今夏でリタイアされます。放射線生物学の分野で成し遂げられたこれまでの業績に改めて敬意を表したいと思います。 寂しくなりますね。 2月には色々なことがあり、私にとっても今後の進路を意識させられることがありました。 放射線生物学は、比較的、歴史の浅い分野といえます。せいぜい100年ちょっとしか学術的な蓄積がありません。したがって、まだ解決されなければならない課題は多く残されており、一方で私の生きている間に解決されることはきっと多くはないのでしょう。 私も、いつの間にやら、専門分野において若手から中堅の世代へと入りつつ
2月28日


2月を迎えて:尺蠖の屈するは伸びんがため
あっという間に如月を迎えました。雪解けが待ち遠しい時期です。 一昨年、昨年は個人的には苦しい時もありましたが、それは今後の飛躍のためであると信じてきましたし、今年も前を向いて頑張りたいと思っています。今は、身をすこし縮ませつつ、じっと春の訪れを待っているところです。 1月に続き、2月も当研究室からの研究成果プレスリリースが予定されています。 これは1月下旬にRedox Biology誌に論文が採択されたためであり、今回、私たちは放射線の次世代影響に関する新たな知見を報告することができました。1月のプレスリリースとは違うテーマとなりましたが、私たちの研究室では複数の重要なテーマを同時進行で研究しています。放射線の遺伝性影響についても精力的に研究を続けてきました。 もちろん、今年はもうこれで終わり、というわけではありません。 私たちの研究室には、まだまだ重要なデータが蓄積されており、今年はさらに2~3報のインパクトの大きい論文とプレスリリースを出せる可能性があります。私としてもさらに慎重に解析を進めつつ、共同研究者の先生方のお力添えも頂きながら、北海
2月1日


2026年を迎えて
新年を迎えました。午年らしく、前に向かって走り出したいと願います。 いつものことながら年始は慌ただしく、特に今年は私たちが樹立し、解析した、新たな遺伝子改変マウスに関する論文成果を、北海道大学と科学技術振興機構からプレスリリースして頂いたこともあり、あっという間に時間が過ぎていったように感じます。 男性生殖機能に対する医薬品・環境化学物質・放射線などの影響を調べる生殖毒性試験は、新薬開発や環境リスク評価に不可欠です。しかし従来は、マウスを交配させて受胎を確認したり、解剖して精巣組織を解析したりするなど、時間・労力・個体数のコストが大きい方法が主流でした。 私たちが開発した新しいマウスは、生殖細胞がルシフェリン反応により発光するため、特殊なカメラで精子形成の過程を体外から非侵襲的に連続測定できます。したがって、生殖毒性試験の効率化だけでなく、創薬研究、環境曝露評価、がん治療後の男性不妊リスク検討に関する研究など多様な応用が期待できます。また、必要な動物数を削減できることから、国際的に推進される「動物実験の原則3Rs」の実現に寄与する技術基盤としても
1月10日


日本保健物理学会第58回研究発表会(@水戸)
12月18日~20日に水戸市民会館で開催の日本保健物理学会第58回研究発表会に参加しました。19日の実験や会議のために札幌へ戻らなくてはならなかったため、現地にいることができたのは大会前日17日と初日18日のみでしたが、それでも久しぶりにお目にかかる先生方にも会えましたし、有名店「黄門そば」のけんちんそばを食べられましたので、個人的には満足でした。 一般の方々にとっては、もしかすると保健物理学(health physics)という領域は耳慣れないかもしれませんが、これは放射線被ばくによる健康リスクを科学的に評価し、より良い防護(リスク管理)を確立するという学術分野になります。放射線防護学(radiation protection)と同義で扱われます。かなり実践的な観点が求められることから、応用科学の一つといえるでしょう。 日本は、広島、長崎、そして福島の放射線禍を経験したこともあり、この分野ではこれまで国際的に高いプレゼンスを認められてきました。今後もそのような立場でいられるかどうかは、直接的には私たち日本人研究者の成果にかかっていますし、もっと
2025年12月19日


2025年忘年会
11日に当研究室の忘年会を行いました。学生さんやOBも交えて、サッポロビール園で楽しい時間を過ごすことができました。美味しいジンギスカンでしたね。 今年も振り返るとあっという間ではありましたが、ラボ立ち上げから3年を経て、ある程度は安定的に論文を発表できるようになってきました。プレスリリースも2月に1件、近日中に1件の予定があり、世間に広く発表できるような成果も出せるようになってきました。また、学生やOBが受賞・表彰を受けることもあり、ラボメンバーの活躍が徐々に認められるようになってきたのも嬉しいことです。 もちろん、良いことだけでなく、悪いことや苦しいこともありました。しかし、皆でなんとか頑張って、この2025年を走り抜けようとしています。国際情勢の見通しも明るいとは決して言えませんし、もしかすると一寸先は闇かもしれません。それでも、希望を心に抱きながら、前へ向かって進んでいきたいものです。 来年もどうか良い年になってほしいと願っています。 (文責:福永)
2025年12月12日


12月を迎えて:ラストスパート
2025年も11月が過ぎ去り、12月を迎えることになりました。 実は、先日、お世話になった恩人が亡くなられていたことを知りました。とても残念であり、なかなか気分は晴れませんでしたが、止まない雨はありませんし、明けない夜もありません。時間が解決してくれたというべきか、最近、すこし気分が上向きになってきました。 11月は正直者のジムことジェームズ・ワトソン博士も亡くなりました。 彼がフランシス・クリック博士と1953年4月『Nature』誌上に発表した「DNA二重らせん構造の発見」に関する短い論文は、アインシュタインによる一連の論文と並んで、おそらく20世紀中で人類全体に最も多大な影響を与えたのではないかと思われます。 あまり知られていないかもしれませんが、ワトソン博士が生物学の博士号を取得したインディアナ大学には、当時、放射線の遺伝性影響に関する研究でノーベル生理学・医学賞を受賞したばかりのハーマン・マラー教授が在籍していました。遺伝は放射線被ばくによる影響を受ける、すなわち「放射線によって影響を受ける何らかの物質が遺伝情報を担っている」というマラ
2025年11月30日


11月を迎えて:満身創痍
11月になりました。ちょうど北海道では紅葉が見どころであり、連日、とても多くの観光客が大学内を観光しています。今年もあっという間に終わりが見えてきましたが、この秋は学会出張などもあり、私も体力的にきつい状況です。もはや満身創痍という感じでしょうか。 そんな厳しい状況ではありますが、こと研究成果については、ラボの規模・環境からすると、今年はよく頑張っている方なのではないかとすこし嬉しく思っています。最近、ミトコンドリアゲノムに対する放射線影響について、我々は興味深い現象を相次いで見つけているからです。 日本アイソトープ協会の広報誌『Isotope News』から依頼されて執筆した原稿が来月に出版される予定であり、その中に詳しく書きましたが、私が北大に赴任してからこれまでやってきた研究はつまり「放射線は世代を超えて影響するのか?」という大きな疑問に迫るものでした。そして、その謎をとく鍵の一つはミトコンドリアではないかと思っていました。 今年は胸を張って「ある程度の進展がみられた」といえそうです。 親が放射線に被ばくした場合、子どもにもその影響が観察さ
2025年11月1日


The 68th Annual Meeting of the Japanese Radiation Research Society & The 6th Asian Congress of Radiation Research (JRRS/ACRR2025) (@Hiroshima)
今年は人類による世界で初めての核兵器使用、すなわち広島への原爆投下、から80年の節目になります。平和への希求という願いも込めて、10月23日から26日にかけて広島国際会議場で開催された国際学会JRRS/ACRR2025に、我々も参加しました。 アジア放射線研究連合(AARR)と日本放射線影響学会との合同開催となったため、日本の研究者だけでなく、インド、タイ、中国、韓国などのアジア各国の研究者も参加しました。さらに、招待演者として、私が英国から招待した先生や、ドイツ、カナダ、オーストラリア、米国などから集まった方々もいて、国際色豊かな学会だったといえます。 私は、前回インド・ムンバイで開催されたThe 5th Asian Congress of Radiation ResearchでYoung Investigator Awardを受賞したこともあり、今回の学会ではぜひ恩返しも含めて何か貢献できればと思っていました。その思いを汲んで下さったのか、シンポジウムを企画する機会を与えて頂き、恩師であるPrise先生はじめ国内外の素晴らしい先生方に登壇頂く
2025年10月27日


2025年ノーベル賞
2025年のノーベル賞の自然科学部門では、生理学・医学賞を坂口志文教授、化学賞を北川進教授が受賞することになり、日本人研究者の活躍に注目が集まりました。ちなみにお二人とも京都大学出身ということで、京大の底力を見せつけられたような気がしています。...
2025年10月9日


若手研究者交流会に参加して
10月1日にコラボほっかいどうにて、公益財団法人北海道科学技術総合振興センター(ノーステック財団)の研究助成対象となった若手研究者の交流会が開催されました。いつの間にやら私はもう若手といえなくなってきたような気もしますが、一応、財団から「若手研究者」としてお声が掛かりました...
2025年10月1日


10月を迎えて:小さな発見、大きな喜び
北海道は秋を迎えています。 9月が終わり、10月を迎えると、私の所属する部局では本格的に後期日程が始まり、教育業務が途端に増加します。ゆっくり研究できる時間はなく、ひたすら学生、とくに学部生の相手に追われることとなります。...
2025年9月30日


9月を迎えて:科研費採択を祈るしかない
第二次世界大戦後80年ということで、8月には様々な節目がありました。 個人的には、広島、長崎の原爆投下の記憶と記録をどのように継承すればよいかを考えさせられました。「語り部」となっていた被ばく者の方々はこれから徐々に亡くられるだろうと思うと、時の流れの速さを改めて感じさせら...
2025年9月2日


8月を迎えて:握り飯より柿の種
北海道も記録的な暑さに苦しめられた7月が終わり、新たな月を迎えました。とはいえ、猛暑が和らぐというわけでなく、引き続き、熱中症の危険は続くと思われます。 朝夕になれば本州の気温に比べれば多少はマシとはいえ、北海道でも昼の太陽の熱さは厄介ですね。この気候変動の要因が、人類の活...
2025年8月1日
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