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5月を迎えて:世界に挑むということ

更新日:5月8日

日高山脈のふもと、浦河町にある広大な牧場。

その片隅で、小柄な鹿毛馬がゆっくりと草を食べていました。

ナカヤマフェスタ――かつて世界の頂点に最も迫った日本馬です。


毎年10月にパリのロンシャン競馬場で行われる凱旋門賞。

この世界一のレースには、クラシック三冠馬のディープインパクトを含む、錚々たる日本馬がこれまで挑んできました。たとえ競馬ファンでなくとも、あのディープインパクトが失格してしまったこと、暴君オルフェーヴルが2年連続で2着に終わったこと、そして1着で駆け抜けた日本馬が依然として輩出されていないことは知られています。


その凱旋門賞の栄冠にあと僅かにまで迫ったのが、2010年のナカヤマフェスタでした。

ディープインパクトやオルフェーヴルのように、クラシック三冠や有馬記念などの有名な国内G1レースを総なめにして、鳴り物入りで世界に挑戦したわけではありません。そもそも高値で売買されたわけでもなく、周囲からの期待もそれほど高くはない、目立たない競争馬だったそうです。

しかし、この小柄な馬は、宝塚歌劇団とパリが好きだったという、前年に亡くなられた馬主をまるで偲ぶかのように2010年の宝塚記念(G1)で勝ち、その勢いのままに凱旋門へと突き進みました。ほぼ無名だったはずの馬と、その関係者たちは、前年に亡くなられた亡き馬主が夢見た光景を実現させるために、果敢にも世界一を目指したのです。


レースでは、途中で騎手が落馬しそうになるほどの激しい接触があったものの、最後の直線で集団から抜け出すと、驚異的な末脚で世界を震撼させました。そして、英国が誇る怪物 Workforce との激しい叩き合いの末、アタマ差で栄光を逃しました。

このわずかな差が、2026年の今日においても、日本馬が世界の頂点に最も近づいた距離であるといわれます。同じ2着という成績の中でも、歴代最強の日本馬かもしれないオルフェーヴルではなく、エルコンドルパサーでもなく、あの年のナカヤマフェスタこそが「最も近かった」と。

眩いほどの輝きを見せたのはほんの短い時間だったかもしれませんが、まさに閃光のように全盛期を駆け抜けたのでした。


私事ではありますが、4月末に残念な知らせが米国から届きました。

私は、研究者として、これまでに幾度も幾度も世界に挑んできました。これまでに、それなりに成功して国際賞を受賞させて頂いたこともあれば、まさに歯牙にもかけられなかったこともありました。色々な経験を積んできました。

ただ、今回ばかりはとくに勝ちたかったのです。自身のためだけでなく、今夏に退職する恩師のためにも。

しかし、残念ながら、望んでいた評価を得られませんでした。つまり、またしても世界に届かなかったわけです。

なかなか自身の学説を認めてもらえないというのは、まあ、この業界ではよくあることなのですが、とくに今回は「世界の壁」の厚さを感じさせられました。

失敗しても失うものはとくにありません。もちろん、また挑戦すればいいだけの話です。とはいえ、やはり挑戦するたびに時間と労力をそれなりに費やすわけですから、悔しいし、苦しいし、辛いわけですね。


私は、決して頭が良いわけではなく、国内の学術賞を総なめにするような天才たちからはほど遠い人間です。いわゆる有名大学の出身ではなく、これまで研究者としてエリート街道を歩んできたわけでもありません。しかし、それでも、自身の研究の意義と重要性を誰よりも信じています。

凡愚の身でありながら、研究の道で、世界に挑むのはとても苦しいことです。もし辞められるのであれば、辞めたいくらいです。しかし、為すべきことを為すためには、放射線研究をしなければなりません。すなわち世界に挑まないわけにはいきません。


このゴールデンウイーク中、私自身は気分に加えて体調もあまりすぐれませんでしたが、日高地方へと家族で出かけました。

最近、大きな地震もあったばかりで、その影響をすこし心配していたのですが、新冠や浦河ではちょうど繁殖期ということもあり、子連れの馬たちの長閑な姿や、調教中の若い優駿をドライブ中に数多く見かけることができました。

私は競馬をあまり好みませんが、競走馬の美しさは好きですね。


2026年のナカヤマフェスタは、のんびりした様子の愛嬌のある馬でした。

私が近づくと、(餌でもくれるのかな?)という感じでトコトコと寄ってきて、私が何も持っていないことに気付くと、(ないのかよ!)という感じで足元の草を食べ始めました。寿命が30年くらいの競走馬としては、すでに老境に差し掛かっているといえるのかもしれません。優しい風の中で余生を穏やかに過ごしている姿を見ると、正直、すこし羨ましくも思われました。


しかし、彼とは違って、私はまだ走ることができます。

まだ、世界に挑むことができるのですから。

ならば、やるべきことをやるしかない。


踵を返して帰ろうとする私の背に向かって、かつて世界に果敢に挑んだ功労馬から、「まあ、もうすこし、頑張れよ」と。なんだか励ましてもらったような気がしました。


(文責:福永)



 
 
 

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