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6月を迎えて:何がために生きるのか

大阪への出張の折、大阪中之島美術館で高島野十郎の画をみました。

高島野十郎は、東京帝国大学農科大学水産学科を首席で卒業した後、独学で絵の道に入り、画壇との付き合いを避け、独身を貫いた孤高の画家です。

まさに「不娶 寡欲 画道専一」の人ですね。


写実的かつ神秘的な名画を数多く遺しましたが、生活のために売るようなことはせず、親しい方々にただ恩返しに贈っていたそうです。描くことが決して生活の手段ではなかったからでしょうか、彼が遺した絵は、ただ、美しいと思いました。

帝国大学を首席で卒業するほど優秀と目されていたにもかかわらず、晴耕雨描と呼ぶべき質素な生活を送り、金や名声など求めずにひたすら絵の道を追究したという意味では、一般的には変人の類だといわれるかもしれません。

しかし、そのある種の透徹した美しさに対して、私はたいへん感銘を受けました。


何がために生きるのか。

おそらくは高島野十郎の生涯にも様々な葛藤があったと思われますが、それでも彼は単純明快に画道専一に生き抜いたといえるでしょう。私のような欲に塗れた凡愚には、彼のようなひたむきさと潔さは到底持ちえません。だから、とても羨ましく思われたのです。


何がために生きるのか。

毎日、享楽的かつ平和に生きるのも悪くはないと思いますが、どうせたった一度の人生です。ならば、私もまた、何かを成し遂げたいと思うのですね。

一生を賭して、何かを成し遂げてみたいと。


研究者の端くれとしては、新しい学理のひとつやふたつ、打ち立てることを目指すべきなのかもしれません。しかし、そう簡単にはものごとは運ばないわけで…。ましてや、浅学非才の身の上では。

さて、どうしたらよいものかと、今日も今日とて、悩んでいます。

そして、ふと気が付けば、今年ももう6月なのですね。


少年老い易く 学成り難し

一寸の光陰 軽んず可からず

未だ覚めず池塘 春草の夢

階前の梧葉 已に秋声


(文責:福永)



 
 
 

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